悲しみと向かい合うとき

昨年の終わりから、ブログを更新できませんでした。
今日からまた、ゆっくり、少しづつ自分の気持ちや思いをつづっていこうと思います。

2年前に母が他界し、そしてこの春、父が旅立ちました。父も高齢でしたし、いつか必ずその時が来るのはわかっているはずでした。

昨年の秋のこと。私が1週間、家を空けた間に父親は自分で車を運転し、病院に行き、そのまま入院になりました。滞在先から病院に電話をすると担当医から余命宣告をされました。

それからの時間は、もう十分生きた父に延命治療を行わず、最後は静かに穏やかにホスピスで過ごしました。

自分の心が感じることを受け止める

自分が何を感じているのか、どう平常心を保つのか、心のモヤモヤところころと変わっていく感情や泣くつもりもないのにあふれてくる涙は何なのか?書き留めておこうと思いつつ、静かに向かい合う時間も取れていませんでした。今思えばそれに向き合うのが怖かったのだと思います。

そんな時間を送る中、皆さんとヨガを共有する時間に、私自身も癒され、『ただ、今』に集中できていたと思います。頭で理解できているつもりでいても、目の前の現実の前に幼いころからのたくさんの思い出がよみがえり、失うことに意識が向いてしまいます。
元気でなくてもいい、笑えなくてもいい、声を聞けなくてもいい・・・生きていてさえくれればいい。「もうあと1週間、10日も生きられないかもしれん」・・・とぎれとぎれに言葉を絞り出す父に、「あなたの子供に生まれてよかったよ。ありがとう」しか言えません。

言葉どうりにそれから10日後、父は旅立っていきました。

依存しない自立するという気持ち

失ってみて、自分が思いのほか穏やかで、以前に感じた恐怖や想像していた喪失感を感じることはありませんでした。
大切な人の肉体はこの世から消えてしまったけれど、父の存在は私にとっては大きなもので、以前よりも近く、「自分の心の中に生きている」という表現がよく理解できたのです。

時間が許す限り、一緒に過ごせた最後のときは、本当に穏やかなものだったので、この先も後悔することがないと思えます。そして、父の存在に依存することなく、この先の自分が楽しみに思えることが、自立なんだなと感じています。

開運美姿勢ヨガのこれからについて

自分自身ヨガとのかかわり方がまた一段と深まりそうな・・・そしてそれを生業にできる喜びを改めて感じているこの頃です。

私にできないことはたくさんあり、先輩方もたくさんおられます。ヨガは人生と同じ。正解もなければ絶対もありません。思いやることは、他人にだけではなく、自分の心、体に。そして地球の生き物に、自然に。正直に生きる。自分の欲望を知る。

この先もより一層、ご縁をいただいた方としっかり向かい合っていければと思っています。

直近6月10日は年に数回しかない超最強開運日。心で思っていることをぜひ言葉にして、そして文字にして書き留めて、それを見てワクワクしましょう。それが良いエネルギーの循環となります。2022年も早や半分経とうとしています。まずはそこから、動いてみましょう♪


それではまた、あなたとどこかで出会えるご縁がありますように。

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